Toshu Kakuto Jyutsu

徒手格闘術

世界武術連盟の技術の中心は日本拳法です。世界武術連盟の道場で教授し、競技を行う中心には日本拳法があります。世界武術連盟の教授陣には軍隊経験者もいます。軍隊での格闘教官の経験者もいます。また、その教官を指導し教授した経験者もいます。過酷な戦場での実戦体験者もいます。まさに徒手格闘体験者たちです。それぞれの国の軍隊には、それぞれの徒手格闘の技術があります。日本の自衛隊にも「徒手格闘」という教科があります。自衛隊の「徒手格闘」の技術の中心は日本拳法によって構成されています。世界武術連盟が行う徒手格闘とは自衛隊や軍隊の教科のことではなく、本来的な徒手格闘のことです。自分自身を守り、家族を守り、国を守るためには武器が無くても戦わなければならないときがあります。そのときに必要な心と技術のことをいいます。まさに武術です。武器を持たない徒手空拳による武術そのものが徒手格闘術なのです。自衛隊や軍隊の徒手格闘だけではありません。日本拳法などの拳法や柔術など素手の武術すべてが徒手格闘術だということです。
いまの社会では武術=徒手格闘の競技はスポーツ化されています。相撲、柔道、空手、レスリング、ボクシングなどもスポーツですから安全に行うために規則(ルール)が定められています。各国の軍隊や日本の自衛隊の「徒手格闘」も競技を行うときは、それぞれの規則(ルール)にしたがって行われます。危険な技は禁止だからということで反則になります。しかし、武術としての徒手格闘術には規則(ルール)はありません。相手に負けないこと、必ず勝つことこそが絶対の目的です。何としてでも勝たなければならないときがあります。自分を守り家族を守るために命を懸けて立ち向かうときです。そのようなときのための技術を習得する訓練に必要なことは規則ではなく、本当に打撃しないという約束ごとです。必要なことは、お互いの身体に損傷を与えないという約束ごとを守って稽古を行うことです。実乱撃=乱取稽古では実戦のように戦いますが、戦う相手は敵ではありません。自分を磨くために無くてはならない稽古相手なのです。だから、稽古相手には感謝と敬意をもたなくてはなりません。このような感謝と敬意が教育的な修養と安全につながります。
世界武術連盟の徒手格闘術の稽古は、約束稽古が中心になります。防具を着けて、日本拳法の技と反撃技をくみあわせて約束稽古を行います。競技は、掛かりと応えの二人がひと組になって約束稽古を積み上げた成果である技の演武を行います。そこで、Aの組とBの組の、どちらの技が素晴らしかったかを競うのです。実乱撃の競技も同じようにAの組とBの組の、どちらが素晴らしかったかを競います。実乱撃の試合をすることで技が荒れます。だから約束稽古が大事なのです。自分の技だけを成功させたい。相手の技を避けたい。当てられたくないと思うから、前に出られない。当てられたくないから避けたり退がったり、どたばたするのです。技は掛けさせていただく、掛けさせてあげるという心で、約束稽古を繰り返し繰り返し、たくさん行います。スポーツには無い伝統的な技を体験することができるようになります。
世界武術連盟では、武器に対処する格闘術は護身術の中で行います。二人ひと組になって約束稽古を繰り返してたくさん行います。護身術ではナイフや刀、拳銃や小銃、棒などに対処する技の約束稽古をたくさん行って上達を目指します。約束稽古でたくさんの体験を積むことで実際の危険に遭遇したときにも対処できるようになるのです。